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妻との別れ (最終回)

2005年5月12日 早朝


呼吸も乱れ始め、呼吸器とモニターに繋がれた。

「最後に会わせたい方がいたら、すぐに呼んでください」

ナースに言われ、自宅に電話を入れる。



すぐに父母と子供たちがやって来る。


マスクの下で苦しそうに息をし、やっとの思いで開けている目で子供たちを見て微笑む妻。

妻の手を握る子供たち。


それまで途切れがちだった意識は戻り、ちゃんと子供たちを認識している。



義母、母、父がそれぞれ交代で声をかける。


「あ……あと…」


おそらく「ありがとう」と言っているのだろう、義母、母、父に対しても、それぞれに残った力を振り絞って話しかける。



妻の体温が次第に下がっていくため、義母と母が一生懸命に体をさすり、体温を上げようとする。




ふと妻の顔を見ると、目が半分開いたままで動かない。

ナースセンターに行き、その旨を伝える。



ナースたちは即座に病室に向かい、妻の様子を確認する。




ほどなくして、廊下に出るよう婦長に言われる。


「ご主人から家族の皆さんにお別れを伝えてあげてください」




病室の戸口で、子供たちに向かって言う。


「お別れだ」




「うそっ、やだよ、やだよ、やだよーっ!!」

こんなにやつれ果てた姿になっていたのに、この瞬間まで、母親が死ぬとは思っていなかったのだろう、それまで感情を露にしなかった娘が爆発する。




「ママーっ! ママーっ! ママーっ!」

生まれてからずっと妻にべったりで、妻が大好きだった息子が、妻にすがって号泣する。




義母、母も、妻の名前を何度も呼び、死ぬな、死なないで と繰り返す。




家族の呼びかけに答えることはなく、ついに妻は帰らぬ人となった。


2005年5月12日、13回目の結婚記念日からちょうど2週間後のことだった。


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No title

私の夫は亡くなってもうすぐ7年になります。
以前は 病気で亡くなる内容のドラマは見れず、
『がん』という言葉を口にすることも、
文字で書くことも とてもイヤでした。
今では それほどでは なくなりましたが…
でも、私も いまだに にぎやかな人ごみ、
特に クリスマスやお正月の時期のスーパーなんかが苦手です。
喧嘩もしたことのない夫婦で、
買い物は いつも一緒だったのに、
夫がいなくなってからは 一人で行くしかなかったので、
家族連れを見るのが とても辛く、
それは 今でも 続いています。
彼のほうは 13年前に 当時まだ30歳だった奥様を 
難病で 亡くしました。
それまで 自分が この世で一番不幸…ぐらいに思っていましたが、
彼と出会って、そうではなかったことを思い知りました。
Brenneckesさんも、本当に 辛い思いをされたのですね。
自分の経験と重なる部分も多く、
でも、当時を思い出しても、以前のようには辛くなく、
それは きっと彼と月日のおかげなのだと思いました。

ポッキーさんへ

あまりにも心理や行動が同じなのでビックリしています。
私も 病気で亡くなるドラマは見られませんでしたし、『がん』の話題が出る場は極力避けました。
私は、今でも、会社の飲み会は、忘年会を含め、すべて欠席してます。
笑いません(というか笑えません)ので、周囲の人がしらけるというか不快になりますし、話題が夫婦ネタが多いので、いたたまれないんですよね。
それに、必要以上に人との関わりを持たないようになりました。
現に、職場では、仕事に必要最低限な会話しかしません。
妻が死んでから6年も経ってるのにいつまで…と普通の人は思っているでしょうね。

No title

全部、読ませていただきました。
こんな、辛いこと、よく書かれたと思いました。そして、すごく奥様を愛しておられたことが伝わりました。
看護師をして人の死には何度も遭遇しています。でも、決して慣れることではなく、悲しさ、自分の無力さ、仕事の意味、毎回考えてしまいます。突然子どもさんを亡くされて、残された親御さんの哀しみ、救急搬送で救命中に、主人を助けて、と土下座される奥様。本当に、残される方の辛さや哀しみが、頭から離れません。
Brenneckesさんの、今でも飲み会にも参加せず、笑うこともない、という事実を知り、すごくショックを受けました。彼女さまとのお付き合いも始まり、ブログも開始して、ちょっとずつ元気になられたように思っていたからです。
人間は生きている以上、誰もが死にます。でも、どうやって生きてきたのか、どうやって死んでいくのか、が残された人へのメッセージなのだと思います。奥様は本当に、立派だったのですね。私なら、もっともっとわがままに、嫌な自分を出してしまいます。そんな奥様からのメッセージがあったからこそ、今のBrenneckesさんがあるように思います。
なんだか支離滅裂な文章になり、申し訳ありません。
今回、私自身も色々と考える機会となりました。ありがとうございます。
また彼女さまとの楽しいブログも、心待ちにしています。

No title

同じ年代です。今お付き合いしている彼も10年ほど前に奥様を癌で亡くされました。私は離婚だったので、元主人に対する想いなどはないのですが、別れたくないのに別れなければならなかったのだから、奥様に対する想いは、いつまでも心の中にあると思うんです。ブレネックさんのブログを読んでるとそれが良くわかりました。
その悲しみを乗り越え、Brenneckesさんも理緒さんとお付き合いされているわけですが、理緒さんへの想いもまた本物ですよね?私は、とても愛されている事を感じると、時々奥様が生きていればこの愛は奥様が注いでもらえたものだっただろうなぁと申し訳ないような、寂しくなるようななんとも言えない気持ちになるときがあります。Brenneckesさんの、奥様と理緒さんとの気持ちの切替みたいなものってあるのですか?私は彼の奥様への気持ちも含めて、彼を大切にしたいと思っています。でも、時々出てくる奥様への複雑な感情で、気持ちが滅入ってしまう事があるのです。長くなってごめんなさい。理緒さんへの想いもまた聞かせてください。

リサさんへ

全部読んでいただきありがとうございました。
正直、何度か途中で書くのを断念しようかとも思いました。
でも、気持ちの整理のため、最後まで書くことにしました。
妻の死に際し、看護師さんは本当に大変な職業だと感じました。
遺族は死に際して悲嘆にくれることができますが、看護士さんは、職業柄それができませんよね。
というか、毎回そんなに心を動かされていたら、気が狂ってしまうでしょう。
本当に辛い仕事だな、強い方たちだなと感じました。
ご心配いただいてますが、これでも、うつ病直後から見たら、ずっと元気になりましたよ。
でも、前にも言いましたように、もう元の自分には戻れないんです。
というか、元の自分がどうであったのかすら分からなくなっています。

あみさんへ

コメントありがとうございます。
一般的には「死別者を相手に選ぶべきではない」と言われているのに、死別者の彼とお付き合いをされているとは! 応援させていただきます。(^_^)
さて、『妻と彼女との気持ちの切替』ということですが、質問の意味がよく分からなかったりして…。(笑)
ただ言えるのは、
“妻を失うことで空いた心の穴を埋めてくれる女性を探していて、彼女に白羽の矢を立てた”
ということではなく、(女性と付き合う気はまったく無かったですから)
“彼女と接していたら、彼女に惹かれ、好きになっていた”
ということです。
ただし、精神的にもっともしんどい時期だったので、同じ境遇にいた彼女だったからこそ、接することができた、ということは言えると思います。
このあたりは自分に対しても分かるように説明できないので、あみさんはもっと分からないかもしれませんが…。
ちゃんとした答えになっていなくてすみません。
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